7月11日に出された最高裁の判決が注目されています。判決文は最高裁の検索システム上で読むことができますので、リンクを張っておきます。
これがどのような事件かというと、大雑把に言えば、トランスジェンダーの国家公務員(生物学的には男性)が、女性職員と同等の措置を求めたものの認められなかったので、その取消請求をしたというものです。判決文では、その他の細かい事実関係も摘示されていますので、ぜひ読んでください。最高裁の判決文だけあって、無駄な部分は一切ありません。書かれている事実は、どれもこれも判断に必要なものばかりです。
さて、報道などでは、これでトランスジェンダーの方々の権利が認められていく、というような雰囲気も感じられますが、判決文を読む限り、そう楽観的なものではないように思われます。
以上によれば、遅くとも本件判定時においては、上告人が本件庁舎内の女性トイレを自由に使用することについて、トラブルが生ずることは想定し難く、特段の配慮をすべき他の職員の存在が確認されてもいなかったのであり、上告人に対し、本件処遇による上記のような不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかったというべきである。
092191_hanrei.pdf (courts.go.jp)
最高裁は、「トラブルが生ずることは想定し難く、特段の配慮をすべき他の職員の存在が確認されてもいなかった」ことから、「不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかった」と判断しています。逆に言えば、トラブルの発生が想定できるような場合や、特段の配慮をすべき他の職員の存在が確認されていたような場合には、不利益を甘受させてもよい場合がある、ということです。
憲法など根拠法の解釈からトランスジェンダーへの配慮内容を定めているのではなく、具体的な事情から配慮すべき内容を定めています。そのため、今回の判決は、普遍的な内容ではなく、この職員の、この職場に関するものであって、一般化することはできないということになります。
宇賀克也裁判官の補足意見
経済産業省は、早期に研修を実施し、トランスジェンダーに対する理解の増進を図りつつ、かかる制限を見直すことも可能であったと思われるにもかかわらず、かかる取組をしないまま、上告人に性別適合手術を受けるよう督促することを反復するのみで、約5年が経過している。この点については、多様性を尊重する共生社会の実現に向けて職場環境を改善する取組が十分になされてきたとはいえないように思われる。
092191_hanrei.pdf (courts.go.jp)
宇賀克也裁判官は補足意見でこのように述べており、トランスジェンダー本人を取り巻く環境に対しても、一定の取り組みをしなければならないと言っているようにみえます。判決文はそこまで踏み込んでいないので、若干の温度差があるという感じを受けます。
長嶺安政裁判官の補足意見
しかし、本件判定時に至るまでの4年を超える間、上告人は、職場においても一貫して女性として生活を送っていたことを踏まえれば、経済産業省においては、本件説明会において担当職員に見えたとする女性職員が抱く違和感があったとしても、それが解消されたか否か等について調査を行い、上告人に一方的な制約を課していた本件処遇を維持することが正当化できるのかを検討し、必要に応じて見直しをすべき責務があったというべきである。
092191_hanrei.pdf (courts.go.jp)
長嶺安政裁判官は補足意見でこのように述べており、組織としての責任というより、本件の事実経過において経済産業省がどのような対応をするべきであったのかという内容になっています。確かに、組織は常に現場の状況に合わせて対応しなければならず、ある一時の意思決定を理由もなく放置しておくというのは言語道断ですから、この意見は正しいと思われます。ただ、最高裁としてそこまで踏み込むのはちょっと引ける、ということだったのですかね。
だとすると、最高裁としても、声高にトランスジェンダーの権利を厳格に守るべきだと言っているわけではなさそうです。あくまでも、周囲との調和の中で、最適解を見つけていってくださいと言っているような感じがします。
渡惠理子裁判官の補足意見
原判決が、こういった女性職員らの多様な反応があり得ることを考慮することなく、「性的羞恥心や性的不安などの性的利益」という感覚的かつ抽象的な懸念を根拠に本件処遇および本件判定部分が合理的であると判断したとすると、多様な考え方の女性が存在することを看過することに繋がりかねないものと懸念する。
092191_hanrei.pdf (courts.go.jp)
渡惠理子裁判官は補足意見でこのように述べており、原判決に釘を刺しています。
地裁で認められて、高裁でひっくり返る、というパターンが多いのですが、何となく、地裁は先進的な考え方、高裁は旧態依然な考え方、というイメージがあり、それが結果として表れてきているのかなと思っています。この裁判官の意見は、そのようなイメージが正しいのだとすれば、そこに注意喚起をするもので、なかなか攻めた意見なのではないかと思います。
林道晴裁判官もこの意見に同調するとのことで、「高裁がしっかりしていれば最高裁まで上がってこなかったのに」という意識があるようにも感じられます。ちょっと、邪推しすぎだと思いますが。先例のない事件ではあるので、最高裁の判断を経ることに意義はあったと思います。ただ、事実経過を見ると、経産省が情報をアップデートせず、先例に盲目的に従っていたために発生したトラブルだと思えるので、これまでの判断枠組みで一審・二審は判断できたんじゃないんですか、と最高裁が考えたとしても、不思議ではないように感じます。
今崎幸彦裁判官の補足意見
課題はその先にある。例えば本件のような事例で、同じトイレを使用する他の職員への説明(情報提供)やその理解(納得)のないまま自由にトイレの使用を許容すべきかというと、現状でそれを無条件に受け入れるというコンセンサスが社会にあるとはいえないであろう。そこで理解・納得を得るため、本件のような説明会を開催したり話合いの機会を設けたりすることになるが、その結果消極意見や抵抗感、不安感等が述べられる可能性は否定できず、そうした中で真摯な姿勢で調整を尽くしてもなお関係者の納得が得られないという事態はどうしても残るように思われる(杞憂であることを望むが)。
092191_hanrei.pdf (courts.go.jp)
今崎幸彦裁判官の補足意見は、とても重要な指摘をしています。先ほど述べたとおり、この判決は、本件の事実経過に従った判断です。本件では、事前にトランスジェンダーということに関する説明会などが行われており、そこでは特に問題が生じていなかったようです。これが、職場の全員から猛反対を受けて、不安を口にする人が多々いた場合、これに便乗して悪質な行為に及ぶような人がいた場合、どのような判断になるのか、という問題があります。
判決の考え方によれば、職場の反対があったような場合には、制限をしても問題ないことも有り得る、ということになります。また、知られたくないということから、説明会などを開催しないことにして、あるとき、偶然にでもトランスジェンダーの事実が知られてしまったような場合でも、制限は可能であるかもしれない、ということになります。
この判決の影響
一部の方々が、この判決から勝手なキャッチコピーを作り出して、好き勝手なことを言い始めるのではないか、という心配があります。それで、無用な争いの火種が発生してしまうような気がしてなりません。
こうした種々の課題について、よるべき指針や基準といったものが求められることになるが、職場の組織、規模、施設の構造その他職場を取りまく環境、職種、関係する職員の人数や人間関係、当該トランスジェンダーの職場での執務状況など事情は様々であり、一律の解決策になじむものではないであろう。現時点では、トランスジェンダー本人の要望・意向と他の職員の意見・反応の双方をよく聴取した上で、職場の環境維持、安全管理の観点等から最適な解決策を探っていくという以外にない。今後この種の事例は社会の様々な場面で生起していくことが予想され、それにつれて頭を悩ませる職場や施設の管理者、人事担当者、経営者も増えていくものと思われる。既に民間企業の一部に事例があるようであるが、今後事案の更なる積み重ねを通じて、標準的な扱いや指針、基準が形作られていくことに期待したい。併せて、何よりこの種の問題は、多くの人々の理解抜きには落ち着きの良い解決は望めないのであり、社会全体で議論され、コンセンサスが形成されていくことが望まれる。
092191_hanrei.pdf (courts.go.jp)
なお、本判決は、トイレを含め、不特定又は多数の人々の使用が想定されている公共施設の使用の在り方について触れるものではない。この問題は、機会を改めて議論されるべきである。
今崎幸彦裁判官は補足意見でこのように述べており、まったくその通りだ、と思います。ところで、繰り返しますが、重要な内容を、理路整然と、分かりやすく簡潔に表現できるのは、本当に惚れ惚れします。このようなレベルに到達するのは難しいですが、目指したいなと思います。
トランスジェンダーの言い分が絶対的に正しいわけでも、その他の方々の言い分が絶対的に正しいわけでもなく、意見を交換して、直面した問題を地道に解決していく。それしかないのだ、ということです。いろいろなところで議論が起こることで、日本国内の共通認識というものも、だんだんと変わってきたり、形成されたりしてきて、多くの人が納得できるルールというものが出来上がっていくのだと思います。