日本は治安が良いと言われていますが,毎日のように何かしらの事件(万引き,傷害,詐欺,交通事犯,等々)が発生しています。これらの事件は,いつ,どこで起こるか分かりません。そのため,誰でも,これらの事件に巻き込まれて「被害者」となる可能性を持っているのです。
では,不幸にも被害者になってしまった場合,どのようなことができるのでしょうか。また,どのようなサポートを受けられるのでしょうか。ここでは,それらについて,刑事事件の基本的なところから解説していきたいと思います。
刑事事件とは
刑事事件とは,警察が捜査する事件のことだと考えれば,だいたい間違いありません。
たとえば,ニュースなどで,たくさんの捜査員が段ボールを抱えてビルから出てくる様子を見たことがあると思います。あれは警察が引っ越しを手伝っているわけでも,倒産して夜逃げするのを阻止しているわけでもなく,経営者が業務上横領罪や金融証券取引法違反など何かしらの犯罪を行ってしまったため,警察が犯罪捜査のため社内に残っている証拠資料を持ち出しているのです。
友人にお金を貸したが返ってこない,会社が残業代を払ってくれない,隣の家のくしゃみが気に入らない,等々の出来事は,どれも犯罪に結びついていないことが通常ですので,普通は刑事事件になりません。そのため,警察が捜査することはありません。一般的に,これらの事件は民事事件と呼ばれています。
では,犯罪になるかどうか,刑事事件と民事事件は,どうやって区別されるのでしょうか。
それは,問題となる行為に,法律で刑罰が定められているかによって区別します。ここでポイントなのは,法律(条例の場合もあります)で定められていなければならない,ということです。たとえば,アパートを借りるとき賃貸借契約を取り交わしますが,これは法律ではなく個人間の契約にすぎませんから,その中に「部屋を汚したときは罰金を科す」という条項があっても刑事事件になることはありません。一方,たとえば刑法199条は「人を殺した者は,死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。」と定めています。こちらは法律で定められていますから,殺人事件は刑事事件となり,警察が捜査を行うことになります。
犯罪被害者とは
犯罪被害者というのは,刑事事件の被害者のことです。繰り返しになりますが,貸したお金を返してもらえない貸主などは,民事事件の当事者なので犯罪被害者になりません。
以前から,犯罪被害者の人権が軽視されているという指摘がなされてきました。刑事裁判の傍聴に行っても,何か主張することができるというわけではありませんし,場合によっては傍聴席が埋まってしまって法廷に入ることができないということもあり得ました。問題となっている犯罪に深く関わっている(巻き込まれてしまっている)のに,手続上,何ら権限が与えられていなかったのです。これでは,「国は被告人の権利ばかり保護して被害に遭った人を保護しようとしていない」と批判されても仕方ありません。
このような状態を不服に感じて裁判所に訴え出た人もいましたが,最高裁判所(最高裁)は「犯罪の捜査及び検察官による公訴権の行使は、国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって、犯罪の被害者の被侵害利益ないし損害の回復を目的とするものではなく、また、告訴は、捜査機関に犯罪捜査の端緒を与え、検察官の職権発動を促すものにすぎないから、被害者又は告訴人が捜査又は公訴提起によって受ける利益は、公益上の見地に立って行われる捜査又は公訴の提起によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず、法律上保護された利益ではないというべきである」(最判平成2年2月20日判時1380号94頁)と述べて,犯罪被害者を切り捨てています。そもそも,このような見解を公的な刊行物に掲載せず(この判決は最高裁のホームページでは検索できません),意見を公にしようとしていないところからして,かつての国家機関の犯罪被害者に対する態度というものが透けて見えます。
このような状況は変えなければならないということで,全国犯罪被害者の会(あすの会)の精力的な活動もあり,平成19年に法律が制定され,犯罪被害者が一定の範囲で刑事裁判に参加できるようになりました。ちなみに,日本弁護士連合会(日弁連)は,法廷が復讐の場になりかねないこと,刑が重くなりかねないことなどから,一貫して反対活動を続けていました。確かに,被告人が犯人であることを前提とした制度であり,無罪推定の原則を否定することになりかねないので,被告人側に立つ弁護士としては導入に抵抗感を持っても仕方ないでしょう。しかし,従来のままの,刑事裁判における犯罪被害者の取扱いが正しいとは思えません。日弁連の態度には問題があると感じます。
刑事裁判とは
刑事裁判の基本的な構造について説明しておきます。
まず,中核的な登場人物は,
- 被告人
- 検察官
- 裁判官
の三者です。
検察官は,被告人の犯罪事実を証拠から立証して裁判官に示すという役割を担っています。犯罪は国の法律で決められているので(罪刑法定主義),国の代表者として国民に代わって刑事裁判に臨みます。一方の被告人は,罪を犯したのではないかと疑われて刑事裁判にかけられている人です。裁判にかけられている時点では,まだどのような事実があったのか裁判所によって示されていないので,国からは一般人と同様に扱われます(犯罪の嫌疑があるということで警察に捕まるなどしているので,その限りでの制約はあります)。余談ですが,マスコミによる報道では,あたかも犯罪者と決まったかのように扱われていることも多く,大きな問題があります。そして裁判官は,検察官の立証と,被告人の弁解を聞いて,どのような事実関係があったのか,それが犯罪になるのか,どれくらいの罪を科すべきなのか,ということを判断します。
次に,裁判の大まかな流れは,
- 物的証拠を示したり書類を読む
- 証人を尋問する
- 被告人の話を聞く
- 検察官の見解を発表する
- 被告人の見解を発表する
- 裁判官が判断を下す
となります。途中に細かい手続もたくさんありますが,だいたい分かれば良いので,バッサリ省略しています。
犯罪被害者ができること
それでは,刑事裁判において,犯罪被害者はどのようなことができるのでしょうか。
このコラムを執筆している平成25年の時点では,次のことが認められています。
- 公判出席権
- 証人尋問
- 被告人質問
- 事実や法律の適用についての意見陳述
- 心情その他の意見陳述
- 記録の閲覧・謄写
- 損害賠償命令の申立て
以下,各項目について細かく見ていきます。
公判出席権
刑事裁判は裁判所の法廷で行われますが,法廷がどのようなところであるのか,ほとんどの方は馴染みがないと思われます。テレビドラマなどで見かけることもありますが,インターネットが使えるのであれば(使えなければこのコラムは読めないはず!),Google画像検索で「裁判所 法廷」などと入力して検索するのが良いでしょう。たとえば千葉地方裁判所のホームページなど,法廷の写真が山ほど出てきます。
法廷を傍聴する方々は,傍聴席に座ることになります。いわゆる「立ち見」は認められておらず,座りきれないような場合は裁判長から退廷を求められるのが普通です。傍聴席の数はそれほど多くなく,小さい法廷もたくさんあります(数えたことがないので数字は分かりません)。そのため,傍聴者が多数になるような事件では,被害者が裁判を傍聴できないという可能性もあったのです。
そこで,被害者は必ず裁判を傍聴できるという権利が認められるようになりました(刑事訴訟法316条の34)。参加する人数などにもよりますが,検察官の隣に座ることが多いものと思われます。ただし,裁判所が相当でないと認める場合には参加できません。たとえば,被害者が証人として出廷することが予定されている場合,ほかの証人の尋問が終わるまで裁判に出られないことがあります。これは,「後に尋問すべき証人が在廷するときは,退廷を命じなければならない。」と定める刑事訴訟規則123条2項による処理方針と思われます。ほかには,興奮して騒いでしまうと予想されるなど,法廷の秩序を維持するために必要な場合が考えられます。
(以下執筆中)