刑事裁判は,検察官が犯罪事実を立証し,裁判官が事実の認定と法律の適用をする,という構造になっています。このような刑事裁判において,弁護人(弁護士)には,はたして検察官が提出する証拠によって被告人が起訴状に記載された行為をしたと立証されているのかチェックすることが求められています。

 しかし,実際に起こるほとんどの事件では,被告人は検察官の主張する犯罪事実を認めて自白しています。そのため,起訴状に記載された事実関係の立証は問題にならないことがほとんどで,弁護人には,被告人にとって有利な事情(情状といいます)を集めることが求められています。このような活動は,情状弁護と呼ばれています。

 ここでは,その情状弁護について,日々の活動の中で考えたことなどを書いていきたいと思います。なお,ここに書いてあることは筆者の見解であって,弁護士一般の考え方とは限らない,ということを予めお断りしておきます。情状弁護は弁護士によって方針が異なることも多いと思われますので,あくまでひとつの見解としてとらえるようにしてください。

情状事実

 情状として挙げられる項目はいろいろありますが,次のようなものが挙げられるでしょう。(参考:「刑事弁護ビギナーズ」現代人文社)

  • 罪体に関する情状
    • 犯行態様(悪質性や計画性など)
    • 犯行に至る動機
    • 被害結果(結果が生じているかや被害の大きさなど)
  • その他の情状
    • 被害弁償が済んでいるか
    • 被害感情の大きさ
    • 被告人の反省状況
    • 被告人に更正可能性があるか
    • 被告人の家庭環境
    • 社会的な制裁があるか
    • 再犯可能性があるか

 これらは被告人(弁護人)が立証しなければならないので,証拠をもって示す必要があります。

 よく使われる証拠としては,法廷における被告人の供述(を録取した公判調書)(刑事訴訟法322条2項),証拠とすることに検察官が同意した手紙や上申書(刑事訴訟法326条1項),家族など関係者が証人として行う証言があります。

情状証人

 被告人の家族や会社の上司など,何らかの関係者を証人(情状証人)として立てることがあります。

 主に刑期を短くするために検討される証拠方法なのですが,とくに,執行猶予が付きそうな事案で用いられることが多いように思われます。被告人を社会に戻しても,ちゃんと監督する人がいるから大丈夫です,家族がしっかりとサポートするから安心してください,などの事情を裁判所に理解してもらうということが主な目的となります。

 そのため,裁判所に来てもらって,裁判官の前で話してもらう,というのが基本になります。刑事裁判が口頭主義をとっていること(書類を読んでハイ判決…というものではなく傍聴している人にも分かるように読み上げる必要があります),裁判官に対する分かりやすい訴えかけ,という観点からすれば,大変でも,やはり裁判所に来て証言してもらうべきです。

 しかし,遠方に住んでいたり,仕事でどうしても抜けられないなどの事情があると(裁判は平日にしか開廷されません),証言ではなく手紙や上申書などの書面を使う方法も検討しなければなりません。裁判所で話す内容を手紙などに書き,公判廷で裁判官に読んでもらうことになります。ただし,刑事訴訟法では,そのような書面は検察官の同意がなければ基本的には証拠として使えないと規定していることには留意しておく必要があります(刑事訴訟法326条1項)。場合によっては,検察官が書面を書いた本人に電話で問い合わせをして,その後に同意するということもあるそうです。

 とはいえ,手紙にするか,証人として来てもらうかは,事件によって考えなければなりません。

被害弁償

 示談と呼ばれたりもしますが,被害が弁償されているかどうかは重要な情状となります。

 ただし,これが使えるのは「被害者のある犯罪」だけです。被害者のない犯罪(ほとんどは覚せい剤事犯になります)では,当たり前ですが,使えません。

 被害者のある犯罪行為は,被害者の権利を侵害することで成り立ちます。所有物が盗まれることによって窃盗罪が成立しますし,他人の身体を傷つけることによって傷害罪が成立します。この「権利が侵害された状態」について,刑事裁判は何の手当てもしません。犯人が有罪になったからといって,誰かの手に渡ってしまった被害品が戻ってくるわけではありませんし(警察が頑張っていれば戻ってくるかもしれませんが),ケガがたちどころに治るわけではありません。被害について弁償するのは,加害者である犯人しかいないのです。

 加害者が弁償するのは当たり前で,それをしたからといって刑が軽くなるのはおかしい! という考えもあります。しかし,自分のしたことを懺悔して被害弁償をした人と,自分のしたことを反省もせず被害弁償すらしない人が同じように扱われるのは,どうにも不合理です。また,事後的とはいえ,被害はある程度埋め合わせされているのですから,負わなければならない責任が軽くなっても理不尽ではないでしょう。当たり前のことをすることができない人が数多くいる現状を考えれば,スッキリしない部分は残りますが,仕方ないことだと思います。

 もっとも,弁償が済んでいたとしても,犯罪行為の内容によっては,厳しい結果になることがあります。中には「弁償したから執行猶予ですよね」「被害者が許しているから不起訴ですよね」と考える人もいますが,それは間違いです。弁償というものは,数ある情状の中の一つにすぎないと思っておいた方が良いでしょう。とはいえ,位置付けとしては重要なものです。弁償できるのであれば(金銭の支払い以外の方法が適している場合もあるかもしれません),それに越したことはありません。

 もっと言えば,そもそも犯罪行為に及ばないのが一番なのですけれどね…。

 「示談金はいくらくらいになりますか?」という質問も多くありますが,事案によって大きく異なるので,何とも言えません。千葉県弁護士会が「慰謝料算定の実務」という書籍を出しているので,興味がある方は,そちらを参照してみてください(とさりげなく宣伝)。ただ,感覚ですが,加害者の被告人が考えている額では(ぜんぜん)足りないことが多いように思います。自分のしたことは想像以上にインパクトがあることなのだということを自覚するところ,被害者の気持ちを思い計るところが第一歩ですね。